式の当日、参列者は十数人。
祝儀をもらわずに式だけ挙げたような感覚で、親戚も友人もいないから質素に招待状を手渡しで配り、「おめでとう」の言葉だけを残してお開きになった。
挙式から披露宴までノンストップで三時間、なぜか水ばかりが進んで、いつもと同じようにちょっと胸がざわつくのを忘れていた。
夫と初めて二人きりで過ごした夜、リビングの蛍光灯はすでに消えていて、廊下の間接照明だけが淡く揺れていた。
お互いに言い合いのない沈黙を交換しながら、寝室のドアを開けた瞬間、彼の姿を初めて真正面から見た。
布団の上の彼は、そこに「あるはずのもの」がない人だった。
まるで身体の一部を断片的に削ぎ落とされたかのように、彼は静かに、自分がかつて持っていた「男らしさ」の輪郭を探しているようだった。
それを決めたのはプロポーズの日だった。「無理して増やさなくても良いよね」と軽く笑い合った。
けれど、本当に何かを失った人と、何かを持たずに歩み寄る人、二人が寄り添うとき、約束の重みは思っていたよりもずっしりと胸に沈んでいった。
「運転中に歩行者を避けようとして」「鎖骨を折った」「そこから下は――」
抱擁を交わすたび、私の胸の中に無かったはずの空洞がひとつ、またひとつと生まれていく感覚がした。
彼のいないものを受け入れることは、私の身体に刻まれた既成事実の境界を揺さぶる行為だった。
目を閉じると、手のひらに触れる温度、吐息のリズムだけが確かな実感として残り、その隙間を埋めようと私の意識は懸命に探りを入れた。
「これでいいの?」
問いは無言のまま、私たちの間を漂っている。
完璧とは程遠い身体を抱きしめながら、私は自分の内側からこみ上げるエネルギーを感じる。
欠損と合意のレイヤーが重なり合う瞬間、そこには見えない約束の光と影が浮かび上がる。
それでも私は思う。
どんな形であれ、他人の身体の不在に寄り添うことで、自分自身の境界線は再定義されるのだと。
この先、彼と歩む道のりは氷の上を進むような不安定さを孕んでいるだろう。
それでも、胸の奥に揺れる小さな灯火を守りながら、私は欠損の隙間を愛する選択をしていきたいと思う。