本研究は、霊長類における協力的な社会的交流中に、**相手の行動を神経学的に予測する能力**に焦点を当てたものです [1, 2]。具体的には、サルが反復囚人のジレンマ(iPD)ゲームに参加する際の背側前帯状皮質(dACC)の神経活動を調査し、他者の未知の意図を予測する特定のニューロンの存在、およびこれらの信号が協力行動にどのように影響するかを探りました [2-4]。
成功する社会交流の基盤は、互いの意図や行動を予測する能力にあります [2, 5]。このような内的予測は建設的な社会行動に不可欠ですが、その単一ニューロンの基盤や因果関係はこれまで不明でした [2]。先行研究では、他者の既知の観察可能な行動(ミラーニューロンなど)や観察された報酬の受領を符号化するニューロンが示されていますが、**根本的に観察不可能で未知である他者の差し迫った意思決定や意図を表現する細胞の存在は、これまで証明されていませんでした** [6]。また、自己と他者の決定に関連する神経信号が、相互目標の達成にどのように影響するのか、特に相互に利益のある相互作用における単一ニューロンの基盤は探索されていませんでした [7]。
本研究は、これらの未解決の疑問に対処するため、iPDゲームを形式的な枠組みとして用いました [3]。このゲームは、結果が両個体の相互同時決定に依存し、いずれの決定も個体の結果を保証しないという2つの重要な特性を含んでいます [3]。したがって、ゲームで成功するための鍵は、**相手の同時的かつ未知の意図を予測する能力**にあります [3]。
研究チームは、前頭葉および側頭頭頂葉領域との広範な結合が対話行動に関与していること、および機能的イメージングや切除研究に基づき社会的関心や行動における役割が示唆されていることから、dACCに焦点を当てました [4]。
本研究では、4組のオスのアカゲザル(*Macaca mulatta*)が繰り返し囚人のジレンマ(iPD)ゲームを行いました [8, 9]。
*サルは向かい合って座り、画面に表示される2つの選択肢(協力:オレンジの六角形、裏切り:青い三角形)のいずれかをジョイスティックで選択しました [9,10]。
* それぞれのサルの選択の結果は、図1Bのペイオフ行列に従って、両者の同時選択に依存しました [8-10]。
* **相互協力は最高の相互報酬**をもたらし、**一方的な裏切りは最高の個人的報酬**をもたらしました [8, 9]。しかし、両者が裏切ると、両者が協力した場合よりも低い報酬を受け取ることになります [8, 9]。
*サルは他者の選択を、自分自身の選択が終わってさらに画面が空白になる遅延期間が経過するまで知ることはできませんでした [11]。
*潜在的な聴覚的キューを排除するため、サルが選択する順序は各試行でランダムに交互に行われました [11,12]。
* 「協力」と「裏切り」の用語は、相互利益または損失の可能性を示すために操作的に定義されました [8, 9]。
* 2匹のサルからdACCの**363個のニューロンが記録**されました [13]。
* 電極アレイは、頭蓋切開術によりdACCに外科的に埋め込まれました [14]。
* 神経信号は増幅、バンドパスフィルタリングされ、単一ユニットとして分離されました [15]。
* **電気刺激プロトコル**:dACCへの電気刺激は、3,026回のランダムに選択された試行の半分で、ブロック形式で実施されました [16,17]。刺激パラメータは100 µA、200 Hzの二相パルスで、1,000ms持続し、選択前の期間を含みました [17]。
* **コンピューター相手との対戦**:サルとコンピューター相手との対戦を行い、社会的文脈が選択に与える影響を評価しました [18]。
* **別室での対戦**:サルを別々の部屋に配置し、視覚や聴覚のキューを排除した状態でタスクを行わせました [19]。
* **相手の選択が既知の条件**:サルが応答する前に相手の選択を見ることができた追加の統制バージョンも実施されました [20]。
*ニューロン活動を異なるタスクパラメータがどのように変調させるかを決定するために、ステップワイズ線形回帰分析が主要な手法として用いられました [13, 21, 22]。
* この分析を補完するために、選択確率(CP)指標分析、赤池情報量基準(AIC)分析、および混合線形回帰モデルの非教師あり集団分析も実施されました [23]。
### 主要な研究結果
本研究は、行動観察、単一ニューロン記録、集団レベルの予測、および神経回路の摂動を通じて、霊長類における社会的意思決定の神経基盤に関する重要な知見を提供しました。
*コンピューター相手との対戦や別室での対戦では、全体の協力の可能性が大幅に低下し、相互協力後の協力の増加は観察されませんでした [18, 19]。これは、サルが他のサルと対戦している場合にのみ、相互利益のある相互作用が増加したことを示しています [19]。
*相手の選択が既知の条件では、サルは報酬を最大化するために裏切りを選択する傾向がありました [20]。
#### 7. dACCの破壊が相互利益のある相互作用に選択的に影響
###考察と意義
本研究は、神経科学における長年の目標であった「他者の隠された意図や『心の状態』を反映するニューロン」を発見しました [40]。これらの「**他者予測ニューロン**」は、dACCのタスク応答性集団の3分の1以上を占め、自己の現在の選択を符号化する細胞よりも優位に存在していました [40]。注目すべきは、これらのニューロンが**社会的文脈に強く敏感であり、自己決定や期待報酬によって変調されない**ことです [40]。
この予測信号は、既知の観察可能な行動(ミラーニューロン)や観察された報酬を反映する既存の報告とは根本的に異なります [41]。本研究で報告された予測ニューロンは、**本質的に観察不可能で未知である他者の差し迫った決定や意図を表現します** [41]。iPDゲームを用いることで、自己と他者の決定に関する神経信号を報酬結果から分離し、相互に利益のある相互作用に特に関連する計算を調べることが可能になりました [42]。
生理学的所見と一致して、dACCの活動を混乱させる刺激は、サルの協力の可能性を減少させ、特に相手が以前に協力した場合に顕著でした [39]。これは、dACCが**相互作用の最近の履歴に基づいた相互利益のある決定を特異的に仲介する**ことを示しています [39]。
本研究の知見は、dACCが環境の動的モデルを符号化するという既存の役割を支持しつつ、**他者の未知の行動の明示的な表現を必要とする相互作用にまで拡張する**ものです [43]。dACCに見られる自己を符号化するニューロンと他者を予測するニューロンの2つの異なるグループは、デルタ学習やアクター・クリティックの枠組みに類似した方法で、相手の実際の決定と行動中のサルの既知の決定に基づいて、共同決定の内部モデルを更新するのに適している可能性があります [43]。
dACCは、社会的に誘導された相互作用の側面を符号化する領域との広範な解剖学的結合を持つ「社会脳」の一部であると考えられます [43]。その活動の破壊が協力行動を著しく低下させたことは、dACCの活動が個体間の建設的な相互作用や社会学習に必要である可能性を示唆しています [43]。この発見は、**他者の意図や心の状態を予測し、それを自身の行動に組み込むことが著しく影響を受ける自閉症スペクトラム障害や反社会的行動を持つ個人の治療への道を開くかもしれません** [43]。