なぜBLが暖簾の奥に行かないのかと言えば、これは出版社や販売店の自主規制がないからである。
そしてなぜ出版社や販売店が自主規制しないのかと言えば、これは刑法175条に抵触するおそれが低いからである。
なぜ刑法175条に抵触するおそれが低いのかと言えば、これは刑法175条の運用上、昭和32年のチャタレー事件で出された「わいせつとは徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう。」が基準となっているからである。
ところで、日本国憲法第31条に「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない。」とある。これは罪刑法定主義を指すものとして解釈される。
ここで「わいせつとは〜〜」を読み返してみよう。「普通人」とはどのような人だろうか? 「正常な性的羞恥心」とはどんなものだろうか? 「善良な性的道義観念」とはどう説明できるだろうか? それぞれ法律には定められていない。
いちおう「社会通念」に照らし合わせて合理的に予測可能であれば合憲である。しかし果たしてこの「社会通念」とは「チャタレー事件当時の『社会通念』」だろうか? それとも「現代の『社会通念』」だろうか? これは法律で定められていない。
昭和32年の「普通人」と令和の「普通人」が同じであると言えるだろうか?
そして、このような疑問が出る時点で刑法175条は日本国憲法第31条に違反しているのではないか。
今一度考えるべきなのかもしれない。