冬寿は中国系の楽浪の官人で357年に死亡した。本図は大同江河口付近にある彼の墓の壁画で、中国の地方有力高官の行列を示すものだろう。注目すべきは左右外側の前方を挂甲・胄・盾矛歩兵が護衛し、高官の左右は各4騎の眉庇付胄・挂甲長矛騎兵が護衛していることで、この8騎は馬も馬鎧・馬面を装している。
楽浪を領有した高句麗もこの種の歩騎連合の兵備を整えたと想像され、その後約40年396年に好太王の南征が開始された。
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