選択的夫婦別姓に関してよく言われる「誰も困らないし、幸せな人が増えるだけ」って意見、流石に引っかからないのしんどいって。たしかに選べる幅が広がるっていうのは、一見いいことに見えるじゃん。でも、結婚ってそもそも制度だけじゃなくて、文化とか価値観とか、そういう積み重ねの上にあるものなんだよ。
だから、「今の結婚制度の方が好き」「この形のまま次の世代にも残していきたい」って思う人がいるのも、むしろ自然だと思うし、それを無視して「合理的じゃないから変えよう」みたいな言い方して、反対する人を透明化してなんか得するの?自分が当たり前だと思ってたことを、「いや、それおかしいから変えようよ」って突然言われるようなものでしょ。
たとえば、宗教的な戒律で豚肉を食べない人がいるって話。現代では衛生的にも問題ないし、栄養的にも普通に食べられるわけだけど、それでもずっと守られてる。なんで?って言ったら、そこには「理由」があるっていうより、「意味」があるからなんだよね。それがその人たちにとっての価値であり、信じてるものだから。
「豚肉食べても誰も困らないし、食べられる人が増えた方が幸せでしょ」って、それで納得するか?って言ったら、しないよね。多分子どもでもわかる話だと思うんだけど(笑)
同じように、夫婦別姓に反対してる人たちにも、その人なりの「意味」があるわけで、「強制じゃないんだからいいでしょ」とかで押し切ろうとすると、逆にその人たちを頭ごなしに否定してるように見えてしまう。
制度を変えたいっていう人たちの気持ちもわかるけど、今あるものを大事にしたいっていう人たちの気持ちも、同じように尊重されるんだよ。それを踏まえてどうすれば、別姓名乗れない人達の不都合を解消していけばいいだけ。
まあ、一番の問題はそもそも夫婦別姓名乗りたいですってやつに、それ社会側の制度変えればいいんであって、結婚制度変える必要ないよね?で全部反論出来ちゃうってことなんだけどさ。