12月。富門 武(ふもん・たけし)の内科循環器クリニックには、朝から多くの患者が押し寄せていた。インフルエンザや新型コロナウイルスの流行による発熱患者があとを絶たず、予約はぎっしり埋まり、一時間に二十人以上を診察しなければならない。なるべく待ち時間を減らすため、富門は流れるように診療をこなしていた。
しかし彼の頭の片隅には、広島に入院している父親の姿が離れない。父は肺がんで、化学療法を続けているものの、病状はなかなか好転しない。親族の中で医師は富門だけ。主治医からの説明も、ほぼ彼が一人で受け止める状況だった。
昼過ぎ、ちょうど診察を急いでいる最中にスマートフォンが震えた。相手は、広島の病院だ。嫌な予感が胸を締めつける。
「残念ですが……化学療法がまったく効いていません。腫瘍はさらに大きくなっています。余命は、一週間か、二週間ほどかと……」
予想していた言葉ではあったが、実際に突きつけられると心がぐらりと揺れる。思わず電話口で沈黙してしまい、会話は二十分ほども続いた。クリニックのスタッフが心配そうに覗きこむが、富門はうまく笑顔を返せず、ようやく電話を切ると再び診察室へと戻った。
その後の診察はどうしても上の空だった。次々とやってくる発熱患者、咳やのどの痛みを訴える人、そして、腹痛や下痢を訴える若い女性も現れた。
彼女の顔色は悪い。症状からウイルス性胃腸炎の可能性を考え、念のためインフルエンザと新型コロナの抗原検査を行ったが、いずれも陰性だった。水分はなんとか摂れているとのこと。
「うーん、水分が摂れているなら大丈夫ですよ。無理に食事をとらなくても、1~2日くらいなら問題ありませんから」
余裕のない頭で、型どおりの説明をして胃腸薬を処方し、富門は次の患者を呼んだ。結局その日、彼は150人以上を診察した。父親の余命宣告を胸に抱え、ぎりぎりの精神状態だった。
夜、ようやく業務を終えてクリニックのホームページを確認すると、Googleの口コミに星ひとつの低評価が書き込まれていた。
「とても不親切なクリニック。『水分が摂れていれば大丈夫』なんて。しかも一時間も待たされたのに……」
胸が痛んだ。自身の悲しみや焦りとは関係なく、患者にとっては自分が唯一の医師である。富門は深く反省し、丁寧な謝罪文を投稿した。けれど、その文章を書きながら父の顔が浮かび、どうしようもなく悲しくなった。
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大上春香(おおがみ・はるか)、26歳。ごく普通の企業で働く彼女の職場では、ここ数週間、風邪や発熱が流行していた。朝から下腹部に鈍い痛みがあり、昼ごろには熱も上がってきた。どうにも我慢できず、近隣のクリニックをいくつも電話するが「本日は発熱患者が多く対応が難しいです」と断られる。ようやく、富門クリニックという内科が診察してくれるとわかり、ほっとしたのも束の間だった。
受付に行くと、「発熱の方は廊下でお待ちください」と指示される。空調の効きにくい廊下で待つこと約一時間。身体の痛みと寒さ、心細さが入り混じって、頭はくらくらしてきた。ようやく順番が回ってきたと思ったら、まずインフルエンザとコロナの抗原検査を鼻からされる。
「私、熱はあるけれど、腹痛と下痢が主なのに……これ、意味あるのかな」
そう思いながらも、言える元気はなかった。再度待たされ、ようやく診察室に呼ばれる。
そこでは簡単な触診のあと「ウイルス性の胃腸炎でしょう、胃腸薬を出しておきますね。水分は摂れてますか? じゃあ大丈夫ですよ。1~2日食事がとれなくても、水分が摂れていれば問題ありませんから」とさらりと言われた。
さらに会計で三十分、薬局でも一時間。家にたどり着く頃には、疲れと寒気で泣きそうだった。
「やっと診察してくれたけど……なんだか雑に扱われた気がする」
腹痛と苛立ちが収まらないまま、マンションのドアを閉める。誰も優しい言葉をかけてくれるわけでもなく、ただしんどさが増していく。怒りにも似た感情がこみ上げた。
スマートフォンを開き、Googleの地図アプリから富門クリニックを検索すると、レビュー投稿の画面が表示された。
「私のつらい気持ち、これじゃ伝わってない……」
気づけば、悲しみと悔しさをぶつけるように、星ひとつのレビューを投稿していた。
「とても不親切。水分が摂れていれば大丈夫、なんて。待たされた時間は一時間以上。私の苦しみを、誰も分かってくれない……」
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医師である富門 武は、父の余命宣告を受けながらも大勢の患者を診なければならないという極限状態にいた。一方で大上春香は、職場の風邪の流行で追いつめられ、どこにも受け入れてもらえない焦りと寒さの中で待ち続けた。
「水分さえ摂れていれば大丈夫」と言う言葉は、医療現場ではしばしば出てくる基本的な説明だ。しかし、言われる側の患者には、その言葉で満たされない不安や痛み、生活への支障があった。
知らず知らずのうちに、人は自分の事情に追われてしまう。だが、ひとたび相手の背景を想像すれば、そこには親を看取ろうとする苦しみや、腹痛と高熱に苦しむ心細さが隠れている。「どうして、こんな言葉しかかけられなかったのか」「どうして、こんな気持ちになったのか」。そう思いを巡らせることで、私たちは少しだけ優しくなれるのかもしれない。