スマホを無限にやってしまうのは『したいこと・すべきことを決めて』、『決めたことをやる』ということに対して、無意識に抱く忌避感が増えてしまったからかもしれない。
したいことについて、いまは何かしたいという気持ちがない。すべきことならたくさんある。けれど、どれも大なり小なり負荷があって、それに見合う意志の強さが必要だろう。
ただスマホを見続けることについて、頭にも体にも負荷はまず必要ない。なにかを決める必要もないし、やる必要もない。逃避先としてなんて優れているんだろう。
無理なときに無理に頑張るのは事態を悪化させるだけで、そういったとき逃避することが必要になることもあるのかもしれない。
でも自分がいま無理なときに陥っているのか、ただやらない言い訳にすがって甘えているだけなのか、それを判断するのは簡単じゃないように思う。
自分はちょっと前までは本当に無理だったのかもしれないが、最悪は脱したような感じもするし、もっと負荷を増やしていったほうが良いんだろう、きっと。
スマホっていうかSNSやろ あれは脳の報酬系をハックするように作られてるってハンデッシュ・アンセンみたいな人が言ってた