阿部日顕が
戒壇の
大御本尊を
誹謗した
その翌年の
昭和五十四年
七月、
細井日達
管長は
急逝した。
この突然の
死に
宗門全体が
動揺している
中に、
阿部は
池田の
擁立を受けて
猊座に
就いてしまった。
その後、
阿部は
十一年間に
わたり
池田大作と
一体になって
「本門寺改称」の
陰謀を
進めたのです。
「本門寺改称」
というのは〝
日本国の
三分の一が
入信すれば
広宣流布だ〟と
偽ることを
前提にして、
そのとき
大石寺の
寺号を
「本門寺」と
改称せんと
する陰謀で
あった。
もし
この改称が
実現すれば、
大石寺の
正本堂は
そのまま
「本門寺本堂」
になり、
一期弘法
付嘱書の
「本門寺の
戒壇」と
偽ることが
できる――
というもの。
これが
池田大作の
最後の
執念、
最後の
陰謀であった。
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